5月28日、タイ・カンボジアの国境での軍事衝突
5月28日午前早朝、タイ北東部・ウボンラチャタニー県(チョンボック)とカンボジア北部・プレアヴィヒア州付近の係争地帯で軍事衝突が発生しました。
約10分間の銃撃戦が発生し、カンボジア兵1名が死亡しました。【出典:朝日新聞】
島国生まれの日本人には「国境問題」というものにあまり馴染みがありませんが、一体何が起こっているのでしょうか。
国境紛争の歴史とプレアヴィヒア寺院を巡る対立
カンボジアとタイの国境紛争は、特にプレアヴィヒア寺院を巡る対立が中心で、長年にわたって断続的に続いてきました。この問題には複雑な要因が絡み合っています。
1904年、カンボジアがフランス領インドシナの一部だった当時、タイとフランスの間で国境協定が結ばれ、プレアヴィヒア寺院はカンボジア側に属するとされたことが発端です。
この寺院はカンボジアのものとして地図上にも示され、タイ側は反発しました。
最終的に、オランダのハーグにある国際司法裁判所(ICJ)が寺院はカンボジアのものであるとの判決を下し、寺院はカンボジアへ引き渡されました。
しかしながら、2008年にユネスコがプレアヴィヒア寺院を世界遺産に登録したことで再び火がつき、タイとカンボジアの緊張が高まることになります。
タイでは「周辺の領土もカンボジアに取られる」との懸念もあって、ナショナリズムの意識も高まり、2008年から2011年にかけて両国軍が寺院周辺に展開し、武力衝突が断続的に発生しました。過去にも双方に死傷者が出ています。
終戦の目処が立たないことから、2011年にICJに再解釈を求める訴えをカンボジアが提出した結果、2013年に「プレアヴィヒア寺院周辺の丘陵地帯」もカンボジアの主権下にあるとの判断が下されました。
これによって、ICJが両国に軍の撤退と協力を求め、表面的には大きな衝突は減少しているものの、緊張は完全には解消されていない状況が続いていました。
今回の事件とその影響
2025年5月28日に起きた衝突においては、両軍ともに相手国から先に発砲したと主張しており、経緯ははっきりしていないものの、10分間の短い衝突ながら死者が出た点で重大な事件と両国は認識しています。
両国ともに平和的解決を望んでいるとされる一方で、6月に入っても緊張状態は続いていましたが、6月8日には、両軍が2024年の合意ラインまでそれぞれ撤退することで合意しました。【出典:ロイター通信 6月9日】
しかしタイ側は、同日に国境の一部(タイ サケーオ県アランヤプラテート/カンボジア バンテアイメンチェイ州ポイペト)を閉鎖し、他の検問所においても営業時間を大幅に短縮するなどの措置をとりました。
これによって観光客の移動や物流にも大幅な影響が出ており、特にポイペトでの閉鎖は予告なしに行われたために、数千人以上が足止めを食らったと報道されています。【出典:タイランドハイパーリンクス】
タイ国内の世論と政権の対応状況
タイ国内ではナショナリズムの高まりを受け、カンボジア大使館前などで抗議活動が行われています。
一部市民は政府に対して「一歩も譲歩するな」と強硬な対応を求めています。
こうした中、タイのペートンタン首相は6月10日にカンボジアのフン・マネット首相、およびその父であるフン・セン上院議長と会談を行い、「外交的手段による平和的解決」に向けて意見が一致したと発表しました。現時点では、2国間交渉は順調に進んでいるとされています。【出典:バンコク週報】
しかし一方で、野党や反タクシン派は「首相の対応は慎重すぎる」「国家として弱腰だ」と批判しており、現政権(タクシン派)への不満も表面化しています。
今後の焦点:6月14日の合同国境委員会とICJ提訴の行方
6月14日には、タイ・カンボジア間の合同国境委員会(Joint Boundary Committee:JBC)の会合が予定されています。両国の係争地域に関する地図や境界線の再検討を含め、外交的解決に向けた重要な場となる見込みです。
しかしカンボジア側は、今回の衝突を含む複数の未画定地域の領有問題について、再びICJに判断を委ねる構えを見せており、「JBCでは協議しない」との立場を示しています。この点で、両国の思惑がかみ合うかどうかは依然として不透明です。【出典:The Nation】
※現在、外務省は安全確保の観点から、問題となっている国境地帯には不用意に近づかないよう要請しています。不足の事態を避けるため、タイ-カンボジア間の陸路での越境は避けるようにしましょう。
6月11日以降の新着情報については後編の記事でまとめていきます。ぜひご覧ください。