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2025.02.21企業マネジメント準備するスピーチ、せめてものポイント
役職が上がると、何かと改まって話す機会が増えるかと思います。しかも、現法に駐在するのと同時にいきなり日本とは桁違いの数の部下を抱える方も少なくないようですし、母語が異なる相手に語り掛けるとなると、更にハードルが上がりますね。 そういう場面で話すのは得意ですか? タイでは製造業で進出されている企業が多いことから、エンジニア出身の方を中心に「話すのは苦手」とおっしゃるのも比較的よく耳にしますので、話す以前に、「口にする内容を考える」という時点でちょっと、という方も結構いらっしゃるのかもしれません。とはいえ、リーダーシップが求められる立場であれば、日本人はシャイだから、こういうのは苦手で、とやり過ごすのもいかがなものかとなってしまいます。そこで、今回は、事前に原稿を用意する場合でも、突然何かを発するよう求められることになった場合でも、「アワワワワ」「あのー、ええっとー」とならずに済むよう、一度「型」としてスピーチを考えてみたいと思います。 少し前になりますが、俳優の真田広之さんがアメリカで、2024年秋にエミー賞、2025年初にゴールデングローブ賞という栄誉に輝きました。その際の受賞スピーチやインタビューの応答には非常に参考になる点が多かったので、今回はそれを基にしてみましょう。ポイントは、「感謝」、「ストーリー」、「広がり」の3点です。 まずは、ゴールデングローブ賞授賞式主演男優賞受賞時のスピーチから。 Thank you, I was there. Um, thank you, Golden Globes for recognizing me. Um, I’m so happy to be here with these great nominees. And thank you FX, Disney, Hulu and all the cast members and crew of “SHOGUN” for sharing this amazing journey. And, I’d love to say “Thank you” for everyone who has been in my…
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2025.01.29企業マネジメント『アリとキリギリス』の結末に見る日タイの文化的相違の教訓は?
タイで暮らすようになると、お米でも二期作・三期作されていたり、道端のバナナやパパイヤも次から次へと実ったりする様子に、熱帯の季候の豊かさを目の当たりにするかと思います。また、実は毎年寒季に急に気温が下がった日には低体温症からの凍死者も出ているとはいえ、凡その地域では朝晩肌寒く感じることがあるくらいで、住居にせよ衣服にせよその他装備にせよ、日本ほど準備はいらない常夏の暮らしやすさも感じるでしょう。そんなことを、身をもって経験すると、気候や風土が人の生活様式や思考に影響することについても深く感じ入るのではないでしょうか? さて、皆さん、『アリとキリギリス』というお話はご存じでしょうか?イソップ物語の一つで、幼い頃に読んだ、あるいは、お子さんに読んで知っているという方が多いかと思いますが、読んだことがないという方のために簡単にあらすじをご紹介すると、次のとおりです。夏にアリが汗水たらして働いている横で、キリギリスは働かずに日陰で昼寝をしたり楽器を弾いて歌ったりしている。冬になって、寒さの中、食べるものもなくキリギリスはアリの家を訪れ、助けて欲しいと乞う。 ここまでは、ディテールの違いはあっても、基本的にどの話でも同じ内容です。しかし、この後の結末には、様々なパターンがあります。日本人の友人・知人に尋ねたり複数の出版社から出ている内容を見比べたりしたところ、 1.アリはキリギリスに「だから、夏の間に冬に備えておくことが大事なんだよ」と諭すところで終わる 2.アリはキリギリスに「夏は歌っていたんだから、冬は踊ればいいだろう」と言う 3.アリはキリギリスに食べ物を分けることを拒むところで終わる 4.アリはキリギリスに食べ物を分けることを拒み、キリギリスは死ぬ 5.アリはキリギリスを家に招き入れ、食べ物を分けて諭す 6.アリはキリギリスを家に招き入れ、食べ物を分けて諭し、キリギリスは恥ずかしくなる 等がありました。その中でも、3.や4.で記憶している人が多く、備えがなければ多分に死んでしまうような国では、大人が子供に「備えあれば患いなし」というメッセージを込めて勤勉の大事さを伝えるのに、敢えて厳しい現実を伝える気持ちが垣間見えます。また、自分は3.や4.で記憶しているが、子供のために買ったものを見てみたら5.や6.だったという方も結構いらっしゃったので、日本社会でも価値観や教育において力点が置かれることは変わりつつあるのかもしれません。 一方、同じ質問をタイの友人・知人にしてみたところ、3.や4.で記憶している人もいたものの、拒絶や拒絶によって死に至る結末に抵抗を覚える人が多く、中には、困っているキリギリスを門前払いしたり、無碍に扱ったりするのは酷いと言いながら、勤勉さはもちろん大事だが、タイでは仏教の教えから施すこと・弱者に手を差し伸べることも大事と語ってくれる人もいて、5.の結末での記憶の割合が多く、またこの話を知らなかったという人でもやはり5.の結末を好む人が多く見られました。 冒頭で触れたように、ベースとなる気候風土が異なるのでこのような違いが出てくることも当然ですし、この違いは優劣の判断を加えるものでもないと思います。しかし、異文化環境で仕事をする場合、このような相違があることは経営においても、特に人的マネージメントにおいても、念頭に置いて対処に活かすことが大事です。日本では因果応報的に、怠惰であることや失敗には自己責任という言葉で厳しい結末が来ることは当然とする風潮が強いように感じますが、タイの人からすると、それは周囲から慈悲心に欠けると見られることや、リーダーシップにおいても寛大さが求められていること、それ故、そのような対処が見られなかった場合には、偏狭と見られうることは意識された方がいいでしょう。
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2025.01.16企業マネジメント谷川俊太郎さんとお釈迦様に通じる基本のキ
戦後日本において国民的詩人と呼ばれた谷川俊太郎さんが2024年の立冬の候にお亡くなりになりました。仮にご本人の名前でピンと来なくても、谷川さんの作品は国語の教科書や子供向けの絵本、あるいは外国の児童文学や漫画の翻訳等で、日本語を母語とする方の多くがどこかで触れていると思います。 追悼の中で、各々が好きな作品が色々と紹介されていました。馴染みのある作品、初めて目にする作品と様々でしたが、谷川さんの作風としては、分かりやすくリズミカルで、やさしい言葉で人の「生」について語るのが、その主な特徴と再確認できたように思います。 そんな中で、印象に残った詩をご紹介します。漫画家・赤塚不二夫さんの『天才バカボン』とのコラボの作品です。 自分トフタリッキリデ暮ラスノダ 自分ノパンツハ自分デ洗ウノダ 自分ハ自分ヲ尊敬シテイルカラ ソレクライナンデモナイノダ 自分ガニコニコスレバ 自分モ嬉シクナッテニコニコスルノダ 自分ガ怒ルト自分ハコワクナルノデ スグニ自分ト仲直リスルノダ 自分ハトッテモ傷ツキヤスイカラ 自分ハ自分ニ優シクスルノダ 自分ノ言ウコトサエキイテイレバ 自分ハ自分ヲ失ウコトハナイ 自分ハ自分ガ好キデ好キデタマラナイ 自分ノタメナラ生命モ惜シクナイ ソレホド自分ハスバラシイノダ
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2024.12.23企業マネジメント年賀状離れ? それでも書きたい、おくり合いたいカードとは?
近年、経費削減や業務内容見直しで企業での年賀状やグリーティングカードも減少しているように感じていましたが、日本では今年10月1日の郵便料金改定でハガキが1枚63円から85円と一気に3割以上値上がりし、メディアでも「年賀状離れ」「年賀状じまい」等の文字が踊って、その傾向は一気に加速しそうです。 タイでもビジネス上12月になると関係先にグリーティングカードを送る習慣があるので、日系企業でも送られてきたものはオフィスのコミュニケーションボードや人目につくところに貼られている、というところも多いのではないでしょうか。それも、本社や周囲の様子を見ながら、積極的に送るのは取りやめ、というところが今後増えてくるのかもしれません。 それにかかる時間と手間が減る分、と言ってもいいかもしれませんし、あるいは、そういったカードをおくることが減っても、と言ってもいいと思うのですが、一年を振り返って新年に思いを馳せる時期にマネージメントの一環として是非書いてもらいたいカードがあります。それは、身内に向けた「サンクスカード」です。 欧米企業から始まり、その各国現地法人でも導入され、日本でも近年人事界隈では知られるようになってきたもので、効果としては、社内に賞賛文化を醸成したり、従業員のモティベーションやコミュニケーション能力を高めたりすること等が挙げられます。 企業によって独自の名前がついていることもあり、東京ディズニーランドを運営するオリエンタルランドの「マジカルディズニーキャスト」(同僚間)・「スペシャルレコグニションカード」(上司から部下)や、リッツカールトンホテルの「ファーストクラスカード」と呼ばれるものもサンクスカードの類です。日本航空では、ストレートに「Thanks card」とし、「個を高め、組織の活性化を図りながら、褒める企業文化を浸透させる」一環と捉えていることが自社HPでも示されています。 このサンクスカードは、賞賛や感謝すべきことがあった時は、通年で随時出し合うとしている企業が多いようです。もちろん、そのように感じたときに伝えるということを個々人の身にも企業文化にも根付かせることができたら素晴らしいのですが、何事もそれまでしていなかったことを導入する際には、慣れるための時間や練習が必要です。それゆえ、これまでそんなものはうちの会社にはなかった、というところでは、グリーティングカードに代わる形からでも始めてみてはいかがでしょうか? タイで日本人が集まると、現地従業員の「報連相」についてなかなか思うようにない、という意見がしばしば聞かれます。 しかし、タイ人従業員の間でも同様に、「日本人に報告してもフィードバックが乏しい」、「何を考えているか分からない」等といったことが聞かれます。お互いに異なった文化背景を持ち、常識や特定の場面で取るべきと考える行動が完全には一致していないこと、加えて言語バリアや互いにシャイな気質もあり、どうしてもコミュニケーションが円滑とは限らない分、多少の時間と労力を割いてでも、「あなたのこんな働きに感謝しています」「あのときの対応に感心しました/助けられました」「あなたのパーソナリティーがチームにとってこんな形で役に立っています」等と具体性を持たせた表現で「私はあなたを見ていますよ」と伝えることはとても大事です。 「言わなくても分かる」というのは残念ながら希望であり、言っても伝わらないことがある分、感謝や評価も「言わなければ分からない」というのが現実ではないでしょうか。マザー・テレサは「愛情の反対は憎しみではなく、無関心」と語ったとされますが、有難い存在で大事に思っている部下が、組織内で自分の存在価値を過小評価して社外に目が向くなんて残念なことが起きてしまわないようにするためにも、せめて一年に一度でも、感謝にのせて関心を積極的に伝えていきたいものです。
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2024.12.18企業マネジメントずるい駐在? ~育児書になぞらえて見る現地人材育成~
日本人学校の生徒数の多さや、フジスーパー界隈でのお子さん連れの多さからすると、タイでお仕事をしながらも、お父さん、あるいは、お母さんとしての役割を担っている方もかなりの数に上るかと思います。 育児をしていると、仕事上の人材育成や部下・後輩と接する場面と重なることがありませんか?特に、最近の育児書を見ていると、モチベーションを念頭に置いて書かれているものや、大人向けのコーチングまたはアンガーマネージメントのセミナーでも伝えられているような内容も多いように感じます。 そこで、今回は、育児にも仕事にも役立てられそうなヒントを今年出版された本からご紹介したいと思います。 『ずるい子育て』(親野智可等)ダイヤモンド社 この本は、「はじめに」がこんなメッセージで始まります。 「ずるい子育て」が目指すのは、 親がラクになって幸せになることで 子どもを幸せにすること 例えば、この「子育て」を「駐在」に、「親」を「駐在員」に、「子ども」を「現地従業員」に読み替えても十分意味が通じて共感する、という内容が何か所も出てきます。今回のコラムのタイトルでは、シラブルや文字数が少ない方が目に入りやすいと思い「駐在」にしましたが、それは対象を限定する意味ではなく、現地採用も含めて「管理職」や「人材育成」、と言い換えてもいいでしょう。
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2024.12.09企業マネジメントタイで読む『商売心得帖』(松下幸之助:著)
松下電器産業(現:パナソニックホールディングス)を一代で築き上げた松下幸之助が「経営の神様」とも呼ばれるのは、業績だけでなく、その経営哲学に感銘を受けて励まされる方が多く、影響力が大きかったからなのでしょう。没後35年が経ちますが、現在のタイでも、同氏の言葉を壁に掲げている日系企業があったり、その哲学が自身のビジネスの礎になっているとおっしゃる方にお会いしたりすることがあります。 若年層にはもう歴史上の人物ともいえるかと思いますが、幸之助イズムは多くの著作を通じて、それも単行本だけでなく電子書籍も通じて今も読み継がれていることからすると、その訴求力は現在も生きているといっても過言ではないような気がします。 そのメッセージはいかなるものか、少し見てみましょう。 『商売心得帖』は、著作の多い松下幸之助にとっても、特に人気が高くロングセラーとなる4冊をまとめた「心得帖」シリーズの第一作目で、もう半世紀以上前となる1973年に初版がこの世に出されました。第一章「商売の心得いろいろ」、第二章「人事の心得いろいろ」、そして補章として「古今の家訓・店訓・社訓いろいろ」という構成で、「商売」を主題にしながら「人事」にも多くのページが割かれている点が目を引きます。 そして、その人事の章は、 ●人を集める第一歩は ●長所を見つつ ●人を育てるには ●好きこそものの上手なれ ●一人の責任 ●人づくりは“打つ”ことから ●頼もしく思って人を使う ●衆知を生かすために ●部下の提案を喜ぶ ●経営者の心根 ●ある問屋さんの立腹 という11のエッセイ風の文章で構成されています。カテゴリーとしてはビジネス書になるはずですが、鋭い指摘を含みながらも全体的に穏やかで親しみやすい語りかけは、どことなく仏典や聖書のように、読む者の気持ちを落ち着かせてくれたり勇気づけたりしてくれるような雰囲気もあります。 中には、この間の時代や社会の変化により、現代的にはそれをどうやって実現させたらいいのだろう、と考えを巡らせて止まってしまう部分もなくはないですが、むしろ時代や国を越えて普遍性を感じさせてくれる内容が多いような気がします。 例えば、求人難に関連して「魅力」を持つ必要性を説きながらのこの指摘。 「日本が大きな仕事をするという一つの立場にたって、一番大きな欠陥は何かというと、人を粗末に使っているということです。また、多くの人を無為に動かしているということです。それが人が足らないようになった一つの大きな原因です。」 人口減少も相まって「人手不足」が話題に上ることもまた多くなっている昨今ですが、「経営の神様」に先のように言われると、自ずと、既存の人員・体制のなかで、マネージメントで改善すべき点、まだまだ工夫できる点もあったのではないか、と振り返りたくなったりしませんか? また、異文化の中で仕事をするようになると、それも特に初めての場合、日本や日本人ならこうだろうと思うところで異なる対応や反応があると、なかなか余裕を持てずに、「どうしてこうならないのか」とついつい残念な目線を持ちがちで、不信感や不満という負の感情のスパイラルに入ってしまうこともありえると思いますが、そんな時はこんな心がけが利くかもしれません。 「首脳者の心得として、つとめて社員の長所を見て短所を見ないよう心がけております。」 「長所を見ることに七の力を用い、欠点を見ることに三の力を用いるのが、大体当を得ていると思われます。」 言語的なバリアに加えて文化的バイアスでミスコミュニケーションや見当外れも起こりえるだけに、疑心暗鬼で悪循環を起こさないように、このような心がけは海外でより一層大事になるような気もします。 そして、人事の章の最後の方は、“グレンジャイ(遠慮・忖度)”文化があるタイで読むと、その弊害の解法としての“ナムジャイ(積極的な思いやり・気配り)”の大事さを強調されているように感じます。 「下意が上達するためには、責任者の立場に立つ人が、部下の考えていることを引き出すという態度をとらなければいけません。課長になんでも言える、部長になんでも言える、なんらはばかることがない、そういった空気が課内に、部内に、また会社全体に醸成されてくることが肝要なのです。 もちろん、これは非常にむつかしいことです。それだけに、容易な努力、容易な理解だけではできないでしょう。よほどそれに真剣にとり組まなければできないのではないかと思います。」 「部下の人が何か提案を持ってきたような場合、『そんなことを考えてくれたのか。君は熱心だな。結構なことだ』といって、まずそのこと自体を、こころよく受け入れることです。」 「『~よい提案は大いに用いるから、提案してくれることは、大いに会社のためにもなるし、また、われわれの仕事としてもおもしろいから、君、いろいろ考えてくれないか』こういうことを、常にくり返し部下の人にいっておくことが、ほんとうに大切なことだと思うのです。」 「首脳者、経営者たる人がいやなことをきいて、いやな顔をしたり、機嫌をわるくしたりするようでは、いやなことは伝わらないようになります。いやなこと、いやな話ほどみずから反省すべき点、改善すべきところを含んでいることに思いをいたすべきだと思います。」 いかがでしたか? もはや古典ともいえそうな一冊ですが、ここでご紹介した箇所は今でも十分に通じる内容なのではないでしょうか。ご参考になれば幸いです。
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2024.11.22企業マネジメントジム・トンプソンに見るタイで事業をする上での心意気
タイを訪れる人の多くが知るようになる名前ジム・トンプソン。 衰退の一途をたどっていたタイのシルク産業を、西洋の美的感覚と様々なアイデアを融合させて復興させ、自身のブランドの成功は勿論、タイシルク自体を一大産業に育て上げた功績から「タイシルク王」の異名も持つアメリカ人。 失踪したまま行方知れずというミステリーも加わり、一層人々の関心を引く人物ですが、タイでのビジネスに奔走し、成功した外国人という目線で、タイでの仕事やマネージメントに従事する上で何か参考にできないか、彼の足跡を辿ってみたいと思います。 <ジム・トンプソン略歴> 1906年 米国デラウェア州生まれ 1928年(22歳) プリンストン大学卒業、6m級セ-リングで五輪米国代表 1931年(25歳) ニューヨークで建築家としてスタート 1940年(34歳) 軍に二等兵として志願 1942年(36歳) CIAの前身であるOSS(戦略情報局)に転属、海外赴任のちに欧州戦線従軍 1945年(39歳) OSSのタイパラシュート降下部隊員として待機、終戦後バンコク入り 1946年(40歳) オリエンタルホテル再建に参画 1948年(42歳) タイシルク商会立ち上げ 1951年(45歳) ジムトンプソンシルクが採用された『王様と私』の興行大成功で注文殺到 1959年(53歳) ジムトンプソンハウス完成 1967年(61歳) 失踪 多彩な能力と華やかな経歴に驚かされ、また、非常に精力的で、生まれつきの超人だったようにも感じられますが、詳しく見ると、挫折知らずというわけでもなかったようです。 プリンストン大学卒業後に進学したペンシルベニア大学では微積分の単位を落として学位を得られなかったりニューヨーク建築局の資格試験にも失敗したりしたのはご愛嬌としても、アメリカに残していた妻を終戦後迎えに行った際には同行を断られ離婚し、一人バンコクに戻ることになったあたりは同情したくもなります。 単身ゆえ仕事に集中しやすかった、あるいは傷心を忘れるために仕事に邁進したという面もあったかもしれませんが、オリエンタルホテル再建では共同出資者と衝突して手を引く事にもなりました。きっとジムもチャオプラヤー川やセンセープ運河等でのたそがれに物思いに耽たこともあったのではないでしょうか。 しかし、そんな時、ジムは友人とタイ東北部国境地帯の旅行に度々出たり、付き合いのあったアメリカ政府関係者と情報交換をしたりする中で、タイシルクと運命的な出会いを果たし、新たな道に突き進むのでした。 ジムがタイのシルク事業で成功したのは、ジムの優れた美的・色彩感覚のほかに、 ① 生産の合理化 ② 管理の徹底 ③ 営業戦略 ④ タイシルクへの熱意とタイ国・タイの人々への貢献意欲 等が功を奏したと見られています。 ①~③については簡単に真似できなくても、タイで働く私たちは、④について、今自分たちがどれだけのものを持てているのか振り返って、ジムを手本にすることができるかもしれません。 常々、ジムは「タイを向上させるために何か積極的な貢献をしたい」と口にし、 「自分が何をやるにせよ、それは全てタイの人々にとって実際に利益となるものでなければならない。それはタイの人々の持つ技能から生まれてくるものである以上、その利益は全部とは言わぬにせよ、大部分をその国の人々に還元しなければならない」 と考えるに至っていたそうです。 そういった言葉が真実で想いも確かということは、人をよく観察していてうわべだけの言動には簡単になびかないタイの人々にも伝わったのでしょう。ジムは従業員や関係先からも非常に慕われていたそうです。それも、簡単な挨拶を除いては、基本的に英語を貫き通してタイ語で会話をしなかったにもかかわらず、です。 日本から来ていると、どうしても日本の基準で物事を眺めたり、駐在員の場合は日本本社の意向に敏感になったりしますが、あくまでここが外国であり、私たちが外国企業として、外国人就労者として受け入れてもらっているということを忘れず、タイ国やタイの人々の良さに目を向け、日々の業務にあたっていきたいものです。
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2024.10.19企業マネジメントタイでのビジネスコミュニケーションで意識したいポイント「タイ人の「ココロ」を聞くことに集中する」
ビジネスの場において、日本でのコミュニケーションスタイルをそのままタイに持ち込もうとしてうまくいかないケースがよくあります。そんな時、タイ人と日本人の文化・国民性等の違いを踏まえて意識した方が良いポイントがいくつかあります。 今回は、「信頼関係の構築」「問題解決」二つの目的ごとに紹介したいと思います。 タイ人社員との信頼関係を構築するために意識した方がよいことはどんなことでしょうか?HRI (Thailand) Co., Ltd.代表の江草さんにお話を伺いました。 ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.04.25企業マネジメント部下のタイ人と話すときに心がけること3つ ~職場の離職率を下げるには?~
今回はアユタヤの工場で総務のマネージャーを5年間務めたMIMIさんに、タイ人と話すときに気をつけることについて伺いました。MIMIさんはアユタヤの工場団地で5年間総務人事部長として、その後に生産管理部長として約600人のタイ人を管理していました。洪水の後に暴動が起こったり、大量解雇したら訴えられそうになって労働局に駆け込んで裁判所に行ったりと、色んな修羅場を乗り越え経験してきた中で気を付けるべき点を教えていただきました。
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2024.04.25企業マネジメントタイ人社員の生の声、日本人上司に改善してほしいことは?
パーソネルから仕事が決まったタイ人候補者の皆さん約50名にアンケートをお願いし、日本人上司に改善してほしいことを聞きました。聞くのが怖い日本人上司のみなさんも、これを参考にタイ社員にとって過ごしやすい職場を目指しませんか? 日本人上司に改善してほしいことは、大きくあげると3つのタイプがありました。 ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.04.24企業マネジメントバンコクのビジネスコミュニティー5選!
バンコクで事業活動をする上で社外の人とのつながりを増やすことは誰にとっても重要です。そこで、本記事ではオススメのビジネスコミュニティー5選を紹介します! ①盤谷日本人商工会議所 ②タイ国日本人会 ③メナムフォーラム ④バンコク スリウォン ロータリークラブ ⑤WAOJE(旧バンコク和僑会) ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.04.21企業マネジメント【初めてのタイ駐在】拠点立ち上げ編 / タイ進出の第一歩!ビザ・WPのため雇用する4人は誰にする??
タイへの進出を検討している企業の方の中には、BOIという特殊な制度を使わない場合に必要な「労働許可証の取得に必要な4人の採用」をどのように行うべきか、悩まれているかもしれません。今回は、この必ず雇用が必要な4人をどうやって決めるのか、お話していきたいと思います。 この労働許可証には社会保険に4人の名前がないと発行されないため、現在は社会保険支払いの実績が必要となっています。 ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.04.21企業マネジメントグレンチャイとは|タイでの経営の最大の壁グレンチャイについて
タイ人スタッフとのミーティングの中であまり意見が飛び交っていないように思う時があります。そして、彼らには意見がないのかと思ってしまうこともあります。その原因にはタイ人が持つ「グレンチャイ」の考え方が関係していることが多々あります。 ではこのグレンチャイとは何か?どう向き合っていけばよいのか? タイで仕事をされて10年、そのうち9年は代表をされていた山下さんにお話を伺いました。 <山下勝弘氏プロフィール> 兵庫県出身。大学卒業後、旅行会社での勤務を経て2002年に人材サービスのベンチャー企業に入社。12年にタイに渡り、タイ法人に勤務ののち、同社にて100人規模のタイ法人社長を9年間経験。その後、現在はフリーランスとして活動中。 ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.02.15企業マネジメント社内研修・セミナータイの税法と日本の税法の大きな違い
ビジネスでタイ進出を考えるのであれば、税務処理は避けて通れません。「税務処理くらい、日本でもやっているし大丈夫だろう」と思ったら大間違い! タイと日本では税務にかなりの違いがあり、知っておかないと思わぬ事態に遭遇することも…。 今回はタイで会計事務所を経営する米国公認会計士の弘畠さんに、その違いを5つ教えていただきます。 <弘畠 夕子氏プロフィール> ProMission Co., Ltd.代表。米国公認会計士。 2011年にProMission Co., Ltd.を設立し、タイで会社設立から会計・税務サービスまでをワンストップで提供している。 https://promission.asia/ ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。
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2024.01.10企業マネジメントタイ人スタッフの指導で一番大事なこと!~「当たり前のこと」を教える重要性~
タイ人スタッフに指導したり研修をしたりした際、上司が見ているときはちゃんとできるのに、いつの間にかその通りにやらなくなっているというケース、本当によくありますよね。でも、それはタイ人が怠惰なのではなく、“私たちにとっての”基本的な知識や当たり前のことをまず教える必要があるのかもしれません。H&G(Thailand)Co.,Ltd.代表の齋藤さんにお話を伺いました。 齋藤哲プロフィール H&G (Thailand) Co., Ltd.の取締役社長。管理職やタイ人スタッフのための研修、人材育成の仕組みづくり、Eラーニングなど、教育に関わるさまざまなサービスを提供している。 https://g-aca-th.com/ ※本記事はYouTubeチャンネル【知って繋がるバンコクのビジネスチャンネル〈タイ前線〉】の投稿を基にしております。